「再発見の物語」としての『星屑テレパス』

⚠️この記事は、全体として『星屑テレパス』1,2巻のネタバレを含んでいる他、第4節「仲間の再発見」は未単行本化エピソードのネタバレも含んでいます。未読の方はご注意ください。

はじめに

皆さまこんばんは。凜と申します。
この記事では、漫画『星屑テレパス』が持つ魅力について語ってみようと思います。しかし、この作品があまりにスーパー最高漫画であるが故に、ありきたりな語りではすでに言い古されたことを繰り返す以上のことはできません。
そこで本記事では新たな視点として、「再発見」という言葉をキーワードにこの作品の魅力を読み解いてみたいと思います。これがどの程度のオリジナリティを生み出しているかは分かりませんが、こんな捉え方もあるのか、と感じていただけることが少しでもあれば幸いです。

では早速始めていきましょう。まずは「再発見」というキーワードの導入として、第22話、特にそのサブタイトルに注目してみたいと思います。

※本記事中では実際のコマ画像などは掲載していません。特定のシーンに言及する場合は適宜巻数・号数やページ数などを明記しますので、お手元の単行本等でご確認ください。

海果による「重力」と「地球」の再発見

第22話といえば、物語の1つの大きな転換点となる、大変重要なエピソードです。モデルロケット大会の予選で敗退し、同好会は空中分解。チームを引っ張れなかった不甲斐なさ、情けなさ、そして何より憧れの秋月さんと自身の間のあまりにも大きな差に絶望していた海果に、偶然再開した秋月さんが優しく語りかけ、改めて自分の居場所に気づかせる。秋月さんの優しくも力強い言葉に助けられ、絶望の淵から立ち直った海果がもう一度前に進む決意を固める展開は、涙なしには語れません。

そしてこの22話について、今回特に注目したいのはそのサブタイトルです。『星屑テレパス』各話のサブタイトルは、連載時にはつけられず、単行本にてまとめて明かされる形なのですが、22話が収録されている第2巻を読んだ日、私は思わずこんなつぶやきを投稿しました。

このサブタイトルをつけているのが大熊先生自身なのか担当編集さんなのかはわかりませんが、私はそこに天才的、圧倒的なセンスを見ずにはいられなかったのです。


では、このサブタイトル「惑星グラビティ」になぜそこまでの感銘を受けたか。
それはずばり、たった7文字でこのエピソードの本質を完璧に突いている、と感じられたからです。
先ほどこのエピソードについて「物語の1つの大きな転換点となる」話であると書きました。ただ、連載でこの話を読んだ当時の私は、この話が物語にとって何か極めて重要な意味を持っている、ということはなんとなく分かっても、「物語の転換点」として、具体的に何が転換したのかは掴めていなかったのです。しかしこのサブタイトルは、たった7文字でそれを教えてくれました。

 

それは海果にとって、「地球という惑星」、そして「重力」というものが持つ意味だったのです。

 

当初の海果にとって、地球とは自分の居場所のない、辛く苦しい檻のようなものであり、重力とはそこに自身を縛り付ける鎖でした。ユウと出会い、遥乃と出会い、瞬と再開し、ロケット研究同好会としての活動を始めてからも、あくまで海果の視線は宇宙に向いていました。依然として地球は脱出すべき場所であり、重力とはそれを阻止する鎖だったのです。

しかし、この第22話において、この価値観は決定的に転換します。闇雲に自分を責め、「どこにも居場所なんてない」と吐き出す海果に、秋月さんは「地球にも居場所はある」ということ、そして何より、海果自身が「ここにいたい」という強い気持ちを持っていたことに気づかせます。この瞬間、地球は脱出すべき場所ではなく、大切にすべき、守るべき「居場所」という新たな姿で立ち現れます、そして重力も、縛り付けるものではなく、その居場所にとどまるために彼女を支えてくれるものとして立ち現れるのです。
この衝撃的な体験、すなわち、知っていたはずのものが、今までは気づかなかった新たな意味を持って立ち現われること、これをこの記事では「再発見」と呼びたいと思います。「重力と地球の再発見」ーー地球という惑星が持つ意味、そしてその惑星と自らを結びつける重力が持つ意味が、決定的に、そしておそらく不可逆的に変化し、海果にとってかけがえのない「居場所」として認識されたことーーこれこそがこのエピソードの本質であったことを、「惑星グラビティ」というサブタイトルは教えてくれていたのです。

こう考えると、登場人物は2人だけ、ダイナミックな動きもほとんどないこのエピソードに、天体(の種類)の名を冠した壮大なサブタイトルが与えられていることも、決して大げさではないように思われます。2巻時点で天体(の種類)の名を冠したサブタイトルはこれと第1話の「彗星エンカウント」のみであることからも、このエピソードの持つ重さが感じられます。

「地球」の再発見までの軌跡

さて、第22話から引き出したこの「再発見」というキーワードを手に物語全体を眺めると、この言葉が作品の持つ魅力を読み解く鍵になりそうなシーンが他にもいくつか見当たります。ここからはそんなシーンをいくつか挙げ、「再発見」が22話に限らず作品全体を読み解くキーワードになるかもしれない、という提案をしてみようと思います。

まずこの節では、22話でなされた「地球の再発見」の前段階と言えるような、小さな変化を海果にもたらしたシーンをいくつか挙げてみます。

まずは、1巻22ページの右4コマ目。ユウが「ちゃんと私を見て」と海果を振り向かせるシーンです。現実を見ず、(良い方にしろ悪い方にしろ)夢想・妄想に走りがちな海果は、この一言で強制的に目の前の現実(ユウの存在)と対峙します。そしてそこには、彼女が目を背けようとしていた辛い現実ではなく、おでこぱしーで海果の気持ちを汲み取り、海果の自己紹介と将来の夢も、笑わずに受け止める、優しいユウの姿があったのです。25ページ右4コマ目の「私の言葉…ちゃんと…届いた…」という独白は、自分の声・自分の思いは地球上の誰にも届かない、と思っていた海果が他者に届くものとして自分の声・思いを再発見したことを象徴していると言えるでしょう。

自分の声の再発見は、遥乃によってももたらされます。1巻41ページ左3コマ目の遥乃の「海果ちゃんとお話しできて私とっても嬉しいですから!」というセリフを受けて、4コマ目で海果が一瞬フリーズしたのちに小さく「あ、ありがと…」と返す姿には、自分の声が届いている、そしてそれを喜んでくれる人がいるという事実に対する驚きが現れています。これはまさに、再発見の衝撃と言えるのではないでしょうか。

そして「地球の再発見」の前段階という文脈で無視することのできないシーンが、1巻50ページの左4コマ目です。自分にとっては窮屈で逃げ出したい場所でしかなかった地球という場所が、遥乃にはとても素晴らしいものに見えていた。ここではまだ海果はこの事実を受け止めることはできませんが、新たな見方を知ることが22話での「地球の再発見」に向けたとても大きな一歩であったことは間違いないと思います。

仲間の再発見

前の節では22話より前のエピソードについて見たので、ここでは22話以降のエピソードについても触れたいと思います。ここでの再発見の対象は仲間、より踏み込むなら仲間の「弱さ」です。

海果が持つ「自分の居場所は地球にない」という感情は、彼女に「自分だけが弱く、他人は皆強い」という幻想を抱かせていました。1巻81ページ左2コマ目で、遥乃とユウに対して「強く…2人みたいになりたい…」と泣きながら話すシーンには、この幻想が端的に現れているように思います。

しかし「惑星グラビティ」を経て地球に居場所を見出し、守るべき場所として同好会を再発見した海果は、改めて仲間の姿を見つめる中で、大会で挫折を味わったのは自分だけではないことに気づき、そこに見える仲間の「弱さ」にも気づき始めます。まんがタイムきらら2021年10月号収録分で語られた遥乃の迷いや、音信不通になってしまった瞬が感じていたであろう苦しみ。そんな「弱さ」を抱えた存在としての仲間の再発見は、2022年1月号で53~54ページのシーン、特に53ページの左4コマ目「だけど…ちがう…違ったんだ…」という言葉に象徴的に現れています。遥乃や瞬が自分と同じように弱さを抱えた存在だったと気づき、一方的に支えられるだけでなく、支え合うために海果からも手を差し伸べること。ここに至って初めて、ロケット研究同好会は真の意味での仲間になれたのかもしれません。

遥乃、瞬による再発見

ここまでは海果を主体にした話ばかりでしたが、上で触れた遥乃と瞬の挫折と立ち直りも、「再発見」、特に「自分自身の再発見」をキーワードに語ることができるのではないかと思っています。ただ、既にここまでで結構な長文になってしまった上、自分の中で十分言語化できていない部分も多いので、これについてはまたの機会に譲ろうと思います。

終わりに

さて、言いたいことは概ね語り尽くしたので、この辺りでおしまいにしようと思います。「はじめに」で提示した「「再発見」をキーワードに『星屑テレパス』の魅力を読み解く」という試みが成功しているかどうかは分かりませんが、楽しんでいただけていれば幸いです。
ここまで長文にお付き合いいただきありがとうございました。また次の機会(あれば)にお会いしましょう。